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かれ者の小唄



 雲ひとつないよく晴れた日。とある小さな教会で、ごくささやかな結婚式が行われる。
 花嫁はまだいとけなく、先日成人したばかり。けれど笑うと愛らしく、とても優しい元気な娘。
 花婿は憎まれっ子世に憚る、それを地でいく笛吹き男。だけどその音は、人守り、人を癒す悲しく強き調べ。
 十の位も違う二人は夫婦と見るにはいささか不釣り合いかもしれないが、二人の仲間はよく知っていた。
 二人の絆の深さを、想いの強さを。それはどんな魔の者にも負けないことを。
 だからこそ仲間たちは式の前に言祝ぎを、と二人を訪れたのであった。


 ―が。
「なあなあ、ルートヴィッヒ。なんであいつらあんな風になってんだ?」
「僕が知るか」
 あまり考えることが得意ではないあかずきんが隣のルートヴィッヒに耳打ちする。いつもよりやや声が控えめなのは一応配慮のつもりなのだろう。
 それにルートヴィッヒは短く返すが、別段邪見にした訳ではない。彼にも全く状況が分からないのだ。
 本来なら喜びに満ち溢れているはずの花嫁・花婿が、お互い部屋の隅同士でそっぽを向いているということ以外は。
「成程、式場離婚というやつですか」
「ドルン王子!なんてことを言うんだ君は!?」
「シキジョウリコンってなんだ?」
「目の前の光景がそうです。最近珍しくはないそうですよ」
 と、いばらの王子はまるで司会者のように優雅にその手でヘンリエッタとハーメルンを示した。因みに『式場離婚』という言葉が出る度にヘンリエッタはビクリと震え、ハーメルンはピタリと硬直していた。
 そのあからさまに動揺した様子と、式場離婚の可能性など皆無であることを十二分に理解していながらそうするあたり、相変わらずいばらの王子の意地は悪い。そしてあかずきんは空気が読めない。
 放っておいたら、終わる、切れる、帰る、とかを言いかねない。前者は故意に、後者は無意識に。
「…ドルン王子、あかずきん。君たち二人はちょっと黙っていてくれないかい。話がややこしくなりそうだ」
「えぇー、でも蛙ー!」
 …やっぱり言った。
「今の私はもうかえ…、コホン。とにかく呪いも解けた。正真正銘王子だ!!」
「ええ、正真正銘、元・蛙、の王子ですね」
 流石にフロッシュ王子はギリギリで踏み止まったが、いばらの王子は二重の意味での禁句をあっさりと口にする。
「…き、み、た、ち、は………!」
「お黙りなさい!!」
 全く関係のないところで張り詰め、今にも手袋が投げつけられそうだった空気を破ったのは、いばら姫の一喝とピシリと打ち鳴らされた鋭いムチの音だった。いばらの王子の無神経発言後すぐにヘンリエッタへ駆け寄ったラプンツェルといばら姫、二人の女性は怒りのオーラを立ち昇らせながら男性陣を睥睨する。
「殿方は全員出ておいきなさい、わたくしたちがこの娘を慰めて差し上げますわ」
「僕もですか!?」
「っておい、俺もかよ!?」
 他の三人と違い騒いでいなかったルートヴィッヒと、一応、まぁ仮にも花婿であるハーメルンが揃って抗議の声を上げる。結婚式前にこのようなかたちで控室から叩き出される花婿などそうはいないから無理もないが。
「あらぁ、ハーメルンには当然出て行ってもらわないと…この娘を泣かせたのに居座ろうなんてちょっとKY過ぎよ?」
「ルートヴィッヒにはこの娘の兄として、わたくしのお兄様と一緒にそこの王子様失格男を締め上げて、この娘を泣かせた罪を贖わせなくて はいけませんもの。任せましたわよ」
「は、はぁ…」
「そういうことなら分かりました。ローゼン、こちらはお任せなさい」
「おい、任せられんなお前ら!ちょっと待」
 諦めず抵抗するもいばらの王子に引きずられ(ムチで)、他の二人は逆らわない方が賢明だと判断したルートヴィッヒに連れられて控え室を出て行った。最後尾のあかずきんが大きな音を立て閉めたドアの向こうの声は徐々に遠ざかりやがて静かになった。


 ハーメルンが部屋にいる間はずっと壁の方を向いていたヘンリエッタは、いなくなった途端彼が消えたドアをチラチラと見る。その如何にも気遣わしげないじらしい様子に、二人は決意も新たにヘンリエッタを椅子に座らせる。勿論この日の為に用意した純白のドレスにシワが出来ないように注意を払うことは忘れない。その両側に椅子を並べて、安心させるように手を握る。そうして空いた方の手で、まるで姉のように優しく頭を撫でた。
「さぁ、ヘンリエッタ。もう騒がしい愚か者どもはいませんわ」
「何があったのか、話してくれる?」
 親友たちの言葉にヘンリエッタは小さく頷いて話始めた。


 普段は下ろしたままの髪を結い上げて、お化粧をして、ヴェールを被って、手には大好きなエリカのブーケ。大きな姿見に映る自分の姿は純白に彩られ、ほんの少し大人びている。いつもよりハーメルンと釣りあえる気がして、とても嬉しかった。ドキドキや緊張が全身に溢れそうだが、それでも頬には自然と笑みが浮かぶ。満面の笑顔はせっかくの大人びた雰囲気をいつもの子供っぽさに戻してしまうような気がして、少しもったいない気もする。
 ヴェールを上げて頬を抑えて、笑顔を少しでも落ち着いた女性のものにしようと、鏡と顔を突き合わせる。そうこう努力している内にドアがノックされた。
「あー……ヘンリエッタ、いい加減準備出来たか?」
 ハーメルンの声だ。いつもの通りどこか投げやりな、でもいつもよりほんのちょっぴり緊張した調子の声にせっかく頑張って作り上げた落ち着いた微笑みが、一瞬で満開の笑顔になる。
 声を聴いただけでこうなるのだから、これ以上は無意味だと悟ったヘンリエッタはくるりとドアに向き直り、自分もまたちょっと上ずった声で返事をした。
「…準備はバッチリよ、ど、どうぞ入って!」
 一拍置いた後にドアが開き、黒いタキシード姿のハーメルンが現れる。ヘンリエッタの姿を見て、目を見張って固まったハーメルンの様子も全く気にならなかった。
 漆黒の、細身のシルエットのタキシード。常日頃から黒を纏うハーメルンにその艶やかな黒はこれ以上ない程似合う。後ろですっきりと纏められた髪と相まって、いつもより上品な美しさがある。因みに試しにヘンリエッタとお揃いとも言える純白のタキシードを着てみたときは、思わず笑ってしまう位似合っていなかった。
 それはさておき、その衣装を見たときから彼によく似合うだろう思い、当日までお互いの正装は見ないようにしようと言ったのはヘンリエッタだ。楽しみを取っておきたいという彼女に、口ではガキか、と呆れながらも同意してくれた。
 待ちに待ったとき、手放しではしゃぎ思わずハーメルンに抱きついた。
「ハーメルン……、とっても素敵!恰好いいわ!!」


「…で、いつまで続くんですか?その惚気話は」
 春の日差しか退屈からか、思わず出た欠伸を片手で隠しながら、いばらの王子はもう片方の手にしたムチをギリギリと引き絞る。
「…おい、俺はヘンリエッタが寄って来たっつー話しかしてねぇぞ。それといい加減離せ!こんな趣味はねぇんだよ、俺は!!」
 どこかの国にいる、七人位のこびとなら目を輝かせて順番待ちだろうが。
「まぁまぁ、ドルン王子。こんな目出度い日だ。愛らしいフロイラインを自慢したいという気持ちは察してあげなくては」
「だから『シキジョウリコン』ってなんだ?食えるのか?」
「ある人種にとっては蜜の味と言いますね」
「…それ、貴方みたいな人にとってじゃないですか?いばらの王子」
 ハーメルンを締め上げ、もとい事情聴取の為に表に出た男性陣だが、簀巻きにしたまではいいものの早くも脱線気味である。
 コホン、とフロッシュ王子は咳払いをしてハーメルンに向き直り、続きを促した。


 ヘンリエッタの真っ直ぐな賞賛と抱擁に焦ったのはハーメルンだ。まだ子供っぽさの抜け切らないヘンリエッタが何も考えずに抱きついて来るのはいつものことだ。ならこちらもいつもの通り髪をくしゃくしゃに撫でて受け止めてやればいい、筈だが…折角丁寧に編み上げられた髪に触れるのが躊躇われ、抱き締め返そうにも綺麗に整えられたドレスを乱してしまいそうで動けない。
「…あんま、くっつくなシワになるぞ」
 ようやくそう言うのが精一杯だった。ハーメルンの指摘に慌てて離れたヘンリエッタが慎重にドレスを直す。
 形としては普段着のドレスとそう大差ないが、豪奢過ぎない程度にフリルがあしらわれ、そこここに彼女が好きだという淡いピンク花が飾られた純白の花嫁衣装。緩くウェーブする髪を今日は結い上げられ、その細い首筋を露わになっている。
 ドレスを直し終わりホッと一息吐いたヘンリエッタはハーメルンに向き直り、裾を摘まんで首を傾げた。
「ねえ、ハーメルン、どうかしら?…どこかおかしくない?」
 ほんのちょっぴり不安げに訊く様子にしばしの沈黙の後口を開いた。
「…あぁ、まあ…馬子にも衣装、だな」
 全く、彼女がこのドレスにする!と宣言し、嬉しそうに体の前に合わせていたときは軽口でも褒めてやることが出来たというのに。


「…うーん、ハーメルンったら、バレンタイン・クリスマス・大晦日・初詣・誕生日に結婚式、なんてラブイベントのときについツンツンしてしまうツンデレの習性は分かるけど、やっぱりそれだけじゃ駄目よね」
 そこまでヘンリエッタの口から聞いたラプンツェルは一人そう嘆息した。残りの二人にはほとんど意味が分からない。
「いい、ヘンリエッタ?可愛く変身した好きな女の子に素直になれなくて、『馬子にも衣装』なんてことを言っちゃうのは、ツンデレのテンプレみたいなものなの。むしろ王道過ぎて化石だけど…とにかく気にしちゃ駄目よ!!」
「ラ、ラプンツェル…よく分かんないよ」
「そうね…分かりやすくと言うと『ヘンリエッタは俺の嫁!byハーメルン』、みたいなものよ!!!」
「いや、本当に今日、ハーメルンのお嫁さんになるんだけど、私」
 言いながら、自分の言葉にちょっと照れたヘンリエッタが頬を赤くする中、いばら姫が猛然と立ち上がる。あまりの勢いに椅子がガタンと派手な音を立てて倒れた。
「あのろくでなしで王子様失格な笛吹き男には自分の身の程と、紳士の振る舞いというものを教え込まなくてはならないようですわね!ラプンツェル、行きますわよ。リューネ流の教育を施した後で無事に結婚式に出させるには貴女の回復魔法が要りますわ」
「了解よ、いばら姫!待っててね、ヘンリエッタ。必ずハーメルンのデレの部分を引き出して来るから!!」
 嬉しそうに微笑む金髪の魔女と、ムチを手にニヤリと笑うリューネの王女。
 二人の高く、また謎の意気込みの込められたテンションから取り残されたヘンリエッタは、ただ見送ることしか出来なかった。


「「「「………」」」」
 とりあえずは簀巻きから解放されたハーメルンは、その代わりに針の筵を味わされていた。
「…ハーメルン。フロイラインの様に、とは言わないが、こんな日ぐらい素直になっても罰は当たらないよ」
「この男があの娘程素直になってもはっきり気味が悪いだけですが。まぁ、少なくとも式場離婚、なんてことは免れたでしょうね」
 性格に大きな隔たりこそあれど、女性への心からの賞賛であれば惜しむことのない二人の王子は揃って呆れ顔だ。やれやれと嘆くように息を吐いて、額に落ちかかって来た前髪を払ったフロッシュ王子はあかずきんとルートヴィッヒに視線を向けた。ルートヴィッヒに『馬子にも衣装』の意味を教わっていたあかずきんはそれに気付き口を開いた。
「なんだ、どうした?カエ」
「あかずきん、今日のフロイラインの花嫁姿を見てどう思った?」
「どうって、すっげーかわいかったじゃん!な、ルートヴィッヒ!」
「あ、ああ、まぁ…可愛かったんじゃないか、それなりに」
 二人の答えが満足のいくものだったらしいフロッシュ王子は穏やかに目を細め鷹揚に頷く。ハーメルンはその逆の様でどんどんと不機嫌になっていく。そしていばらの王子はそれを楽しげに観察している。
「ああ、まさに春を彩る淡く愛らしい花の妖精、その笑顔は天からの御使いのよう、だったというのに…」
 次々と仲間たちが己の花嫁への賛辞を語るのを憮然とした顔で聞いていたハーメルンが低く漏らす。
「お前ら、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、俺だって似」
「そうですね、綺麗や美しいまではまだ到底程遠いとはいえ、似合う、の一言ぐらいは言える水準にあったのではありませんか?」
 ハーメルンの言葉をはっきりすっぱり遮って、いばらの王子は至極楽しげにもっとも、と続けた。
「他の男が語った褒め言葉を使うなど、無様なこと極まりないですが」
「て、め、え、な…!」
 タイミングといい言っていることといい、いつも通り悪戯心(決して悪意ではない、多分)に満ちたいばらの王子と、あからさまにしっかりばっちり揶揄されたハーメルンとの間の空気がビシリと音を立てて凍る。
 一触即発。
 それを破ったのは、ピシリとムチが打ち鳴らされる音だった。少し前、いばらの王子と決闘寸前で頭に血の上り気味だったときと違い、今は平静なフロッシュ王子は反射的に身を竦ませた。
「全くお兄様の言う通りですわ!甲斐性なしでろくでなしの王子様失格な笛吹き男が、あの娘の花婿なんて片腹痛いですわ!このわたくしが許しません!!そこになおりなさい!!!」
「ツンだけじゃ成立しないのよ、ちゃんとデレなきゃ!」
 ハーメルンへの説教は男性陣に任せたはずのいばら姫とラプンツェルが声高に宣言しながら現れる。すでにこじれていた状況をさらに悪化させる人物の登場にルートヴィッヒは内心頭を抱える。
 もうじき時間だというのに―。
 そう思ったのが分かったように空気を読んだ鐘の音が辺りに響き渡った。まるで天恵の様に。


 他の仲間が先に礼拝堂の席に着く為に別れた後、ハーメルンとルートヴィッヒの二人は控え室までの廊下を歩いていく。ヘンリエッタの両親は幼い頃に亡くなっていて、今や家族は従兄弟であるルートヴィッヒのみだ。その為通常父親の役目であるエスコート役もルートヴィッヒが務めることになる。
「……あー、もうあいつら他人事だと思って、言いたい放題言いやがって」
 実際他人事ではないからあんなに真剣に怒ったり諭したりからかったりしているのだが…それを指摘すればまたややこしいことになるのは目に見えているので、賢明なエスコート役は別の言葉を口にする。
「ハーメルン、とにかく戻ったら大急ぎであいつの機嫌をとってやって下さいよ。僕だってふくれっ面の花嫁のエスコート役なんてゴメンですから」
「…わーってるよ」
 照れているのか拗ねているのか何なのか、気のない返事をしたハーメルンの大人気なさに呆れる。全く、こんなのが義弟になるなんて…しかも自分よりも結構年上だ、そう思えないことも多々あるが。控え室の前に立ったハーメルンの背中にため息を吐いた。
「『妹さんを必ず幸せにします』。そう言ったのは貴方なんですからしっかり責任取って下さいよ」
 その言葉を信じたからこそ兄弟はこの男に大事な妹を託したのだ。もしそれが守られなければ兄達は例え冥界の底からだろうと制裁を下しに現われるだろう。無論ルートヴィッヒとて許す気はない。
 だがそれでも彼女が選んだのは目の前の男だったのだ。
「分かってる。悪いな」
 ドアの向こうに消える前、振り向いた顔は思いがけず真剣で。
「そう思うんなら連れて行かないで下さいよ」
 パタリとドアが閉まった後、向こうに届かないことを願いながら呟いた。
 年上だろうと、年下だろうと、おとうとなんて欲しくはなかった。


「ハーメルン!」
 控え室に入れば慌ててヘンリエッタが寄って来る。先程までの不機嫌な様子はなく、ただただ心配そうに眉根を寄せている。ヴェールを上げたままの、口にはしないが愛らしい顔。その頬に手を添えて、もう一方の手は額にかかる柔らかな赤毛をふわりと払う。そしてそのまま…
「な、何するの!?」
「眉間、シワ寄ってっぞ」
 直してやる、と親指の腹で眉間の皺をグイグイ伸ばす。すっかりほぐれた眉間を見て、満足そうに息を吐いた。楽しげに笑う姿に、ヘンリエッタも思わず笑ってしまった。
 それこそ仲間たちが口々に称えた賛辞がよく似合う微笑みだったが、ハーメルンは決してそれらを口にはしない。代わりにその赤く染まった耳に唇を寄せ、言葉を贈る。囁くように、唄うように。
「必ず、お前を幸せにする」
 それは、可愛いと面と向かって口には出来ない捻くれ者の、精一杯の強がり。


後書き
 ハーメルン、ルートヴィッヒ…ごめん(笑)
 一応はハーメルンED後の設定ですが、何故いばら兄妹とこんなに仲良しかは私にも分かりません。グランドフィナーレ後ではありません。 兄さんたちがいませんので…
 というよりこの人数ですら一部のキャラに暴走されて収拾がつかなくなったのにあの二人がいたらきっと終わりませんでした。

 『引かれ者の小唄』という言葉を辞書で知ってから思いついた話です。

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